
2025.11.19
「どこにでもある田舎」だと思っていた景色が、カメラを通した途端に少しだけドラマチックになる。そんな変化を、東吾妻町で静かに起こしているのが、養豚農家で映像クリエイターの“山賊”こと富澤一也さんと、地元の歴史と風景を記録し続ける石村隆徳さんです。
ふたりが撮るのは、有名観光地ではなく、いつもの川、いつもの橋、集落の小さな祠や道標。暮らす人にとっては「見慣れすぎて気にも留めない」風景ばかりです。本記事では、インタビュアーの富澤雄河さんを交えて、「撮る」「続ける」「届ける」という三つのキーワードから、ローカルクリエイターとしての視点や工夫を掘 り下げていきます。東吾妻に縁がある人はもちろん、「自分の町には何もない」と感じている人にこそ読んでほしい、ささやかだけれど力のある対談となりました。
登場人物
一:富澤一也(養豚業/YouTube「Studio_Sanzoku」)
石:石村隆徳(映像ディレクター/ローカルリサーチャー)
雄:富澤雄河(インタビュアー)


雄:「今日は『ローカルクリエイターの見方 ─ 撮る・続ける・届ける』というテー マで、東吾妻町から配信しています。
“当たり前に暮らす町の魅力って、どこにあるんだろう?“ということを、3人でゆるく、でもちょっと真面目に話していければと思います。」
雄:「まずはお二人の自己紹介から。じゃあ、一也さん(山賊)からお願いします。」
一:「みなさん、こんばんは。群馬県東吾妻町で養豚業をしながら、YouTubeチャンネル『Studio_Sanzoku (山賊)』をやっています、富澤一也です。」
雄:「本業は養豚、サブでYouTubeって、すでに濃いですよね。」
一:「生まれ育ったのが榛名山麓の山の中で、子どもの頃から遊び場は山とか川とか。遊び方は自分で考えて、勝手に作る、みたいな環境だったんです。今はキャンプやアウトドアの映像を撮って、自然の“音”ごと届ける、みたいなことをやっています。」 雄:「続いて、石村さんお願いします。」
石:「前橋市の映像制作会社でディレクターをしている石村です。
普段は観光PR動画や結婚式の映像を作る会社員なんですけど、プライベートでは地元の東吾妻町で『田舎の風景お届けします』をキャッチコピーに、写真や動画を撮ってSNSに投稿しています。」
雄:「“おらがまちづくりプロジェクト”とか、“あざみの会”とか、地域の歴史にもだいぶディープに関わってますよね。」
石:「そうですね。町の史跡を調べたり、草刈りしたり、古いお堂を記録したり。どちらかというと僕は“映像作家”というより、“記録係のおじさん”に近いかもしれません。」
雄:「今日は、“撮る・続ける・届ける”の3つの切り口で、東吾妻をどう見ているのか、掘り下げていきたいと思います。まずは一つ目のテーマ、『撮る』からいきましょう。」

雄:「最初は石村さん。“撮る”について、普段意識していることって何ですか?」 石:「僕がやっているのは、いわゆる“記録写真”です。かっこよく見せる写真じゃなくて、“資料として後世に残せるか”を基準にしています。」
雄:「資料として?」
石:「はい。だから心がけているのは、とにかく“客観的”に撮ること。カメラを傾けないで水平をとる、色を極端にいじり過ぎない、見やすい明るさ に整える。要するに『その場にあったものを、そのまま写す』のが大事なんです。」 雄:「映える写真、とはちょっと違う軸ですね。」
石:「そうですね。SNSでバズる可能性は低いと思います(笑)。でも、100年後・200年後に“この町はこんな風景だったのか”と誰かが見たとき、ちゃんと情報として使えるかどうか。そこを意識しています。」
雄:「具体的に、どんなことを意識して撮っているんですか?」
石:「よく言う“5W1H”ですね。いつ(When)、どこで(Where)、だれが(Who)、なにを(What)、どのように(How)、なぜ(Why)。


たとえば吾妻峡の写真なら、“夏・吾妻峡・川・両側に岩と森が迫る渓谷の様子”が伝わるように構図を決める。秋にまた同じ場所に行って、まったく同じ構図で撮ると、“季節の違い”も比較できる資料になるんです。」
雄:「同じ場所に何度も通うんですね。」
石:「はい。風景は季節で表情が変わりますから。“一回行って終わり”じゃなくて、“定点観測する”イメージです。」
雄:「石村さんの写真って、“説明文”を読むと一気に景色が変わりますよね。あれは意識してやってるんですか?」
石:「めちゃくちゃ意識しています。僕がいつも大事にしているのは“被写体を知ること”なんです。」
一:「石村さんの知識自体もすごいのはそのせいなんですね。」

石:「たとえば、生原観音堂のしだれ桜。樹齢300年以上と言われていますが、背景には東吾妻町の象徴・岩櫃山が霧の中からうっすら見えるように構図を決めています。東吾妻は岩や渓谷が多くて、“マイロックタウン”なんて呼ばれたりもするんですが、 そういう“土地の意味”を知っていると、ただ桜を撮るだけじゃなくて、“岩+桜”というテーマで構図を作れるんです。」
雄:「知ってるから、その場所の物語まで写し込める感じですね。」
石:「そうです。道路脇に転がっている“大黒岩”という大きな岩も、『山から転げ落ちてきた岩』『神様が寂しくなって降りてきた』という言い伝えを知っていると、“ただの岩”から、“物語のある被写体”に変わるんですよ。」
一:「たしかに、背景を知った瞬間、写真の見え方ってガラッと変わるよね。」
石:「東吾妻は“交通の町”という側面もあって、


昔は信州に抜ける街道、草津に向かう街道が通っていて、今の国道406号線につながっている。“右くさつ、左ぜんこうじ”と刻まれた道標や、古い宿場町の名残もある。そういう歴史を知っていると、石ころ一つ、橋ひとつが全部“記録したい被写体”に見えてきます。」
雄:「“なんとなく撮る”じゃなくて、“意味を知って撮る”。

それって映像に限らず、町を見る目が変わりそうですね。」

雄:「では次は、一也さんの“撮る”を教えてください。さっきから、焚き火の音もすごくいい感じなんですけど。」
一:「僕はとにかく“光”を味方にする、ってことを考えています。難しいテクニックよりも、まず“いつ撮るか”を変えるのが一番早いです。」
雄:「“いつ撮るか”?」
一:「朝早くとか、夕暮れどき。いわゆる“マジックアワー”って呼ばれる時間帯ですね。太陽が高い日中は光がバラけて、風景が平らに見えやすいんですけど、日の出前や日没後は、光が斜めから差し込んで、影も長くなって、同じ場所でも一気にドラマチックになるんです。」
雄:「いつも見ている公園も、朝と夕方だと全然違う顔になりますよね。」
一:「そうそう。

あと、日中でも木々の伱間から入ってくる光とか、建物の間から差し込む夕陽とか、スポットライトみたいに主役を浮かび上がらせてくれる瞬間がある。 “光と影のコントラストで描く”っていう意識を持つだけで、写真はだいぶ変わります。」

雄:「構図とかより先に、“光を探す”感じですね。」
一:「そうです。もうひとつは、“視点を変える”こと。みんな、つい立って目の高さから“全部を入れよう”とするんですけど、それって一番難しいんですよ。バランスを取るのがすごく大変で。」
雄:「あ、耳が痛い(笑)。」
一:「だから、あえて視野を狭くする。地面すれすれから撮ってみるとか、木の枝の伱間から“のぞき見る”みたいに撮ってみるとか。足元の水たまりに映った空だけを撮るとかね。」


石:「それ、さっきの“被写体を知る”とつながりますね。全体じゃなくても、ストーリーは切り取れる、というか。」
一:「そう。全部を説明しなくても、“ここがいいと思ったんだな”って伝わればいい。スマホでも、ライブフォトのスロー機能を使えば、水の流れも滑らかに撮れるし、難しいカメラがなくても、光を見つけて視点を変えるだけで、十分に世界観は出せるんです。」
雄:「“世界観”って言葉、今ちらっと出ましたけど、山賊さんの動画ってまさにそれですよね。焚き火の音とか、川のせせらぎとか、あれはどこまで意識して撮っているん ですか?」
一:「映像というより、“その場の空気”を撮っている感覚に近いです。川の音、風の音、ちょっとした葉っぱの揺れ。そういう“小さな動き”を拾ってあげると、一気に物語が生まれるんですよね。」

雄:「お二人の話を聞いていると、アプローチは違うけど、どこか共通している気もします。」
石:「うーん、“自分の好きなものに正直でいる”ってとこですかね。」
一:「それはあるね。俺は、子どもの頃から自然の中で遊んでいた感覚をそのまま映したいし。」
石:「僕は歴史オタクなので(笑)、道標とか古い祠を見るとテンションが上がる。だから、その好きなポイントが伝わるように、淡々と撮っているだけなんです。」
雄:「“映える写真を撮ろう”より、“自分がワクワクした場所をちゃんと写す”。それが結果的に、その土地の魅力を伝えることにつながっている感じがします。」
一:「そうそう。“この町、何もないよね”っていう人もいるけど、視点を変えると、むしろ写したくなるものだらけなんですよ。」
石:「それこそ、“なんでもない道路”とかね。」
雄:「交通の話、さっき熱かったですもんね(笑)。では前編はこのあたりで。後編では、“続ける”“届ける”をテーマに、お二人がどうやって発信を続けているのか、掘り下げていきたいと思います。」
『富澤一也』 東吾妻町出身。富澤養豚(株)代表取締役。 養豚業の現場で“命と向き合う”日々を送りながら、幼少期から親しんできた身近な 自然や地元の風景などを舞台に、写真や映像制作などを展開 YouTubeでは「アウトドア」をテーマに、自然と人との関係をニュートラルな視点 で発信し、登録者数は3.4万人を超える。動物の命を育てる現場と、自然との深い関わりの中で育まれた独自の哲学を軸に、人と自然、地域のあいだに新しい価値の創造に挑んでいる
YouTubeチャンネル「山賊」→ https://www.youtube.com/@studiosanzoku
『石村隆徳』 東吾妻町出身の映像ディレクター。前橋の映像制作会社に勤務、観光PR動画やブライダル演出映像を手掛ける。その他、地域活動としてSNSで東吾妻町の魅力を情報発信。官民共創の『おらがまちづくりプロジェクト』にてオブザーバーを務める。また地域の歴史研究会『あざみの会』に所属。現在興味があるのは東吾妻町で明治時代に行われていた岩島競馬の歴史。