
2025.12.16
「どこにでもある田舎」だと思っていた景色が、カメラを通した途端に少しだけドラマチックになる。そんな変化を、東吾妻町で静かに起こしているのが、養豚農家で映像クリエイターの“山賊”こと富澤一也さんと、地元の歴史と風景を記録し続ける石村隆徳さんです。
ふたりが撮るのは、有名観光地ではなく、いつもの川、いつもの橋、集落の小さな祠や道標。暮らす人にとっては「見慣れすぎて気にも留めない」風景ばかりです。
本記事では、インタビュアーの富澤雄河さんを交えて、「撮る」「続ける」「届ける」という3つのキーワードから、ローカルクリエイターとしての視点や工夫を掘り下げていきます。東吾妻に縁がある人はもちろん、「自分の町には何もない」と感じている人にこそ読んでほしい、ささやかだけれど力のある対談の後編。

ローカルクリエイターの見方─ 撮る・続ける・届ける(後編)
登場人物
一:富澤一也(養豚業/YouTube「Studio_Sanzoku」)
石:石村隆徳(映像ディレクター)
雄:富澤雄河(インタビュアー)
雄:「後編のテーマは、『続ける』と『届ける』です。
SNSや動画って、“始める”より“続ける”方が難しいと思うんですが、一也さんはどうですか?」
一:「いやもう、ほんとにそれです(笑)。
最初はね、“次の動画は前回より良くしなきゃ”って思うんですよ。尺を伸ばしたり、カットを増やしたり、音もこだわって。」
雄:「クオリティを上げていくモードですね。」
一:「そう。でも、気合い入れて作った動画が、意外と伸びなかったりする。そうすると、『あれ?こんなに頑張ったのに…』って、だんだん心が折れてくるんです。」
石:「わかる…(笑)。」
一:「そこである時、写真の師匠みたいな人に言われたんです。“10年続けるつもりでやってみたらどう?”って。」

雄:「10年。」
一:「10年続けるって考えた瞬間、『毎回全力疾走はムリだな』って気づいたんです。朝から晩まで撮らなくてもいい。月に1本アップでもいい。山でご飯を作って食べるだけでもいい。素材が1から10まで揃ってなくても、自分の世界観が伝われば、それで十分なんだって。」
雄:「“完璧を目指すより、続けられるペースを探す”ってことですね。」
一:「そうです。それに気づいた瞬間、すごく楽になりました。視聴者も、“常に新しいもの”を求めてるわけじゃなくて、“またあの感じが見たい”って思って来てくれるんですよね。」

雄:「“新しさ”より“定番”が大事、というか。」
一:「たとえば、“山賊といえば、静かな森の中で焚き火してる動画”みたいな。見る側も、“あの世界に入りたいから再生する”ところがある。だから僕は、動画を出すときに徹底してブレないようにしています。」
石:「“あそこに行けば、あの空気が吸える”って、喫茶店みたいですね。」
一:「まさにそれです。 お店だって、毎回コンセプト変えてたら落ち着かないじゃないですか。“あそこであの味が食べたい”っていう安心感があるから通う。発信も同じで、“自分の世界観”を定着させていく作業なんだと思います。」
雄:「“継続は力なり”って言葉を、そのまま映像でやっている感じですね。」
一:「10年続けたら、想像もつかないことが起きるかもしれない。師匠はそう言ってました。実際、僕もこうやってトークセッションに呼んでもらえたりしているし、“続けているからこそ見えた景色”は確実にありますね。」

雄:「では石村さん。“続ける”コツはどうですか?」
石:「よく聞かれるのが、『それってお金になるの?』なんですけど…正直、ほとんどなりません(笑)。」
一:「ハッキリ言った(笑)。」
石:「でも、好きだからやっている。とはいえ、好きなことでも続けるのは大変で、嫌になる日もあります。それでも続けられたのは、“ギリギリ苦じゃないテーマ”だったからだと思います。」
雄:「“ギリギリ苦じゃない”って表現、いいですね。」
石:「これは結果論で、最初から“苦じゃないものを選べ”って言われても無理なんですよ。やってみないとわからない。だから、“とりあえず興味を持ったらやってみる。続かなかったら、それはそれでOK”くらいでいいと思うんです。」

雄:「石村さんの場合、“歴史”がそのテーマだった?」
石:「そうですね。父親が歴史好きで、子どもの頃から武田信玄の本や群馬の戦国武将の漫画を読んでいて、小学生のときにはゲームの『信長の野望』で、上杉憲政や長野業正を使って遊んでいました(笑)。今は“あざみの会”という歴史研究会に入って、戦国時代の横谷左近の屋敷跡を整備したりしています。」
一:「子どもの頃の“好き”が、そのまま今につながってるパターンだね。」
石:「そうかもしれません。“歴史を調べる”“現地を歩く”“写真を撮る”“noteにまとめる”この一連の流れが、僕にとってあまり苦じゃない。だから、仕事の後や休日にちょこちょこ続けられているんだと思います。」

雄:「続いて、『届ける』についても聞かせてください。石村さん、普段どんなことを意識して発信していますか?」
石:「“いいものを作れば、たくさんの人が見てくれる”という考え方がありますよね。これはテレビ局とか、大きな広告代理店が使える“強者の戦略”だと思います。」
雄:「マス向けのやり方ですね。」
石:「一方で、ローカルクリエイターは、時間もお金も人手も限られている。だから、“少数でもいいから、必要としてくれる人に届けばいい”という感覚でやっています。」

雄:「具体的には、どんな情報を?」
石:「たとえば、岩島地区にある“荒船号馬魂碑”。明治~大正にかけて、ここで競馬が行われていた記録があって、“吾妻号”という馬を天皇に献上したこともある。でも、この話を知っている地元の人はほとんどいないんです。」
一:「俺も知らなかったよ。」
石:「“岩島村誌”みたいな古い本をひっくり返して、ようやく出てくるような情報で。正直、ビジネスにはなりません(笑)。でも、“そういう話、めちゃくちゃ好き”っていう人が、どこかに必ずいるんですよ。」
雄:「“届ける相手”は少数だけど、その人にとってはすごく大事な情報。」
石:「そうです。だから僕は、“再生数”より、“その人に届いたかどうか”を大事にしています。こういう情報が積み重なることで、“この町、意外とすごいじゃん”というシビックプライド(地域への誇り)につながればいいなと思っています。」

雄:「一也さんは、“届ける”についてどう考えていますか?」
一:「SNSって、“新しい情報を届ける場所”だと思われがちなんですけど、僕は“自分の世界観を共有する場所”だと思っています。」
雄:「さっきの“定番化”の話ですね。」
一:「そう。毎回違うことをやるより、“山賊のチャンネルに行けば、あの静かな時間に戻ってこれる”っていう方が大事。その世界観を定着させていくことが、“届ける”ことだと思います。」

石:「バズを狙う感じとは、だいぶ違いますね。」
一:「もちろんバズったら嬉しいんですけど(笑)、それよりも、“積み重ねた先に、想像もつかない出会いや展開があるかもしれない”と思いながら続けています。SNS発信って、“未来に種をまく行為”に近いんじゃないかな。」
雄:「今日のこのトークだって、その“種”のひとつかもしれないですね。」
一:「そうですね。焚き火の動画を見てくれた誰かが、いつか東吾妻にキャンプしに来てくれるかもしれない。そういう未来につながるイメージで、地道に投稿しています。」


雄:「そろそろ終わりの時間が近づいてきました。最後に一言ずつ、今日のまとめや、これを見ている人へのメッセージをお願いできますか?」
石:「僕の活動って、別に特別なものじゃないと思っています。父も昔から神社仏閣や道祖神を写真に撮っていて、近所にも岩櫃山や桜を撮り続けている人がたくさんいる。違うのは、“たまたまSNSがある時代に生きている”ってことだけです。スマホでも十分撮れるし、“ちょっと気になる風景”を撮って投稿してみるだけでも、立派なローカルクリエイターだと思います。」
一:「俺からは、“10年続けてみたら?”っていう一言かな。仕事は簡単に辞められないけど、趣味や発信って、いつでも辞められるじゃないですか。だからこそ、それを10年続けたら、とんでもないことになってるかもしれない。継続は、本当に力になります。」
雄:「ありがとうございます。“撮る・続ける・届ける”って、別にカメラや動画だけの話じゃなくて、自分の暮らしや仕事にも置き換えられる話だったなと感じました。このインタビューを読んで、“東吾妻ってどんな町なんだろう?”と少しでも思ってくれたら嬉しいです。そして、あなたの町の“何でもない風景”にも、カメラを向けてみてもらえたら。」
焚き火のぱちぱちという音が、画面の向こうからまだ聞こえているような気がした。静かな夜のなかで、それぞれの“ローカルクリエイター”としての日常は、また続いていく。


東吾妻町出身。富澤養豚(株)代表取締役。
養豚業の現場で“命と向き合う”日々を送りながら、幼少期から親しんできた身近な自然や地元の風景などを舞台に、写真や映像制作などを展開。
YouTubeでは「アウトドア」をテーマに、自然と人との関係をニュートラルな視点で発信し、登録者数は3.4万人を超える。動物を育てる現場で培われた経験と、自然との深い関わりから生まれた独自の哲学を基盤に、人と自然、そして地域がつながる新たな価値づくりへ挑戦している。
YouTubeチャンネル「山賊」→ https://www.youtube.com/@studiosanzoku

東吾妻町出身の映像ディレクター。
前橋の映像制作会社に勤務、観光PR動画やブライダル演出映像を手掛ける。その他、地域活動としてSNSで東吾妻町の魅力を情報発信。官民共創の『おらがまちづくりプロジェクト委員会』にてオブザーバーを務める。
また地域の歴史研究会『あざみの会』に所属。現在興味があるのは東吾妻町で明治時代に行われていた岩島競馬の歴史。
岩島競馬のお話 → https://note.com/iwashimakeiba_st